プチデビルは小さな死神。
 その手の動きは風を呼び、その足運びは大地を揺るがす。身を翻せば炎を踊らせ、跳躍すれば雨を無数のやじりに変える。
 プチデビルのダンスは死を呼ぶダンス。
 プチデビルが踊る。大気が渦巻く。空気が帯電する。生き物の毛は逆立ち、枯れ木にはボッと火がついた。

 そして発生した球電は、弾け、飛び散り、地を這い回り、戦場を徹底的に蹂躙する。





 その後の焼け野原に、ビュウはいた。
(やっぱり博打だな)
 側には炭化した死体。ビュウたち反乱軍を追撃していた、グランベロス兵だ。未だ煙と異臭を放つそれを見下ろしながら、彼は自分の采配ミスを痛感していた。
 苦肉の策でのプチデビルたちの投入。最後の最後、切り札の更に奥の手。一度目の踊りは効果を為さず、二度目の踊りはビュウたちが決死の覚悟で負わせた敵の傷の完全回復、そして三度目が――この窪地を焼き尽くした、あの球電だ。
 それはこちらにも被害をもたらした。殿を務めていたマテライトは電流に打たれてあわや心臓が止まりかけ、超高熱に煽られて火傷をした者も少なくない。ビュウ自身も、右半身をあぶられて所々火ぶくれを起こしている。空気は今尚帯電し、発生した静電気に指を刺されて悲鳴を上げる声があちらこちらから聞こえる。
(まったく、何てムラのある攻撃だ。大当たりを引いたと思ったら、こっちにまで怪我人が出た。九死に一生、なんて言って喜べやしない)
 敗走そのものを、ビュウは特に気にしてはいなかった。フリーランサーだった頃は敗北は日常茶飯事だったのだ。問題は、どうやって負けて、どうやって生き延びるか――そこである。
 その点から見て、今回の敗北は上出来だった。確かに一つの戦場から尻尾を巻いて逃げ出した。が、怪我人こそ出たものの反乱軍側に死者は一人もおらず、結果として追撃の敵軍に痛手を負わせた。この辺りに派遣されているグランベロス軍の本隊は、これで反乱軍の深追いを諦める事だろう。
 だが。

 それにしても、この惨状。

 草は焼け、枯れ木は燃え上がり、地面は熱を発して煙を上げる。ポツン、ポツンと転がるのはグランベロス兵の死体だ。二個中隊、二百近い数の人体が、焼け焦げ、異臭を発し、最早ピクリとも動かない。ドンヨリと曇った空の下、風はそよとも吹かず、熱と煙と臭気に濁った空気は窪地に滞って掃き清められる事はない。
 凄惨。そんな言葉がビュウの脳裏をよぎり、消える。
 これより酷い戦場の経験はいくつもある。だが、それでも、
(……下手な幕引きをしたな)
 不確かな情報。出撃しなければ明日をも掴めなかった状況。そして待っていたのは物量による包囲網。そして、追走。
 あの情報がもたらされた段階で罠だとは気付いていたが、その罠を打開しなければどうしようもない状況だった。そこまで追い込まれていた。昼夜を問わず走り回っても尚防げず、事態は底なし沼のようにビュウの、いや反乱軍の足を捉え、飲み込もうとしていた。
 何もかもが、無様だ。

 視界の端に踊る紫色がちらついたのは、そんな風に歯噛みしていた時だった。

 ふと視線を上げる。ビュウの左手斜め前、十数歩ほど先に行った所で、プチデビルたちが踊っていた。輪になって、クルクルと。
(何を――)
 目をこらし、気付く。プチデビルたちの輪の中心に人がいる。原型を保った、それほど焼け焦げてもいない、そして時折ピクリと動く――グランベロス兵の、生き残りが!
 それを認めた瞬間、ビュウは大股で歩き出していた。
「何をしてるんだ、チビども」
「マニョー!(誰がチビだ!)」
「モニョー!(オレたちは今回の功労者だぞ!)」
「ムニョー!(少しは敬え!)」
「野原一つ焦土にして、何を敬え、だ。で――」
 一人、抗議の声に加わらなかった緑色のプチデビルを、見下ろすビュウ。
「何だ、これは」
「生き残りなのだ」
 プチデビ四匹の中で、唯一人語を操るワガハイ――それが、甲高い声であっさりと端的に答えた。
「我々は死神、死の運び手。それなのに、仕留め損ねてしまったのだ」
「マニョ!(うっかりしたぜ!)」
「モニョ!(オレたちとした事が!)」
「ムニョ!(だから仕事はきっちりやるぜ!)」
 その言葉の意味を正確に掴んで、ビュウは無意識の内に口走っていた。

「やらなくていい」

「マニョ?(はぁ?)」
「モニョ?(何だと?)」
「ムニョ?(マジか?)」
「どういうつもりだ、ビュウ? やらなくていい、とは」
 どういうつもりなのか、自分でもよく解らない。
 だが衝動のまま、ビュウは喋っていた。
「やらなくていい。そこまでしなくても。こいつはこのまんま放っておけ。そんな事より」
 と、ビュウは言葉を切り、プチデビ四匹をねめつけるように見下ろす。
「メロディアがお前らを探してたぞ。行ってやれ」
「マニョ!(メロディアか!)」
「モニョ!(そういえば今日はまだ遊んでやってなかったな!)」
「ムニョー!(ついでにお菓子も貰おうぜ!)」
 ニョーニョー喚きながら、プチデビたちはウィザード隊の方に走り去っていく。存外あっさりしたものだ。それを見送ってから、さて、こいつはどうしたものかと思案して――ビュウは、気付いた。
 ワガハイは、まだそこにいた。
 面白がるような、試すような視線をこちらに向けて。
 不意に、その口元がニィ、と三日月型に歪む。

「つまらないな」

「……どういう意味だ、ワガハイ」
「そのままの意味なのだ、『魔人』」
 ニヤニヤと、ワガハイは笑っている。それこそ、生者をもてあそぶ死神のように。
「戦に長けたドラゴンと死の運び手プチデビルの言葉を解する『魔人』……――故にお前は、我らと同質のものと思っていたのだが」
 甲高い声もそのままに、ワガハイは愉快そうに語る。
「慈善に目覚めたのか?」
「まさか」
 言下にビュウは否定した。慈善? それは自分と対極にある言葉だった。
 そんなものじゃ、ない。
「もうここはいいから、行け。メロディアが待ってるぞ」
「うむ。ワガハイもお菓子を貰うのだ」
 ワガハイは、拍子抜けするほどあっさりと引いた。「プチ」どころではない死神そのままの雰囲気を霧散させて、踊るような足取りで先を行く三匹を追いかける。
 あっさりと。
 すんなりと。
 合流した四匹がメロディアの元に着き、またニョーニョーと騒ぎ出すのを見て――ビュウの胸に、奇妙な感情が湧き起こっていた。それは安堵だった。紛れもなく、ビュウは安心していた。
 足元を見下ろす。先程より身じろぎの回数が多くなったグランベロス兵。まだ若い。兜は球電が炸裂した衝撃でどこかに行ってしまったらしい、剥き出しの顔がはっきりと見て取れた。
 ビュウより、一つか二つか歳下、というところだろう。まだ幼い。可もなく不可もなくといったその造作は、土ぼこりに汚れ、所々火傷をしているようだった。赤く腫れている。
 気が付けば、彼はその兵士の側にしゃがみ込んでいた。膝の上に頬杖を突いて、その兵士の目蓋がうっすらと開けられるのを、見守る。
「よぉ」
 僅かに覗く灰色の瞳には、疑問符が浮かんでいる。まだ焦点は上手く合っていないらしく、ビュウが何者かもよく判っていないようだ。困惑が表情を覆っている。
「生き残っちまったな」
「…………?」
「さて、どうする? てめえの味方は全員死んだ。立ち上がって俺の首を取るか? それとも、尻尾を巻いて逃げ出すか?」
 若い兵士の顔に、徐々に理解の色が浮かぶ。戸惑いの色は消え去り、怒りと悔しさが滲む。
 ビュウは、笑った。
 それは、決して嘲笑ではない。転んだ子供が歯を食い縛って立ち上がる、その姿を見守る大人の、暖かな微笑みだった。
 何でそんな心境になったのか。
 何でこんな風に語りかけているのか。
 解らないまま、ビュウは告げた。
「まぁいいさ。このまま野垂れ死ぬか、それとも這いつくばって生き延びるか、てめえで決めろ」
 踵を返し、背を向ける。
 そのビュウの耳に、敵兵の声が届いた。
「――……何故、だ……?」
 息も絶え絶え、途切れがちでかすれて聞き取りづらい声は、意外にも少し高かった。若々しさばかりが目立つ声だ。
「何故、俺を見逃す……?」
「さあ」

「死神がてめえを殺し損ねたんだ。俺のせいじゃねえよ」





 突き詰めれば、単なる気紛れだった。
 何となれば、感傷と言い換えてもいいかもしれない。
 もちろん打算もあった。追撃部隊全滅の真相を知るあの若い兵士が助け出され、その情報を本隊にもたらせば、追撃の手は確実に怯む、という。
 しかし一番大きいのは、やはり気紛れだ。マテライトでさえ死にかけたあの球電を運だけで生き延びた、名も知らないグランベロス兵――死神の鎌から運良く逃れられたのだ。もう少しくらい、未来に余地を残してやってもいいと思えてしまったのだ。
 それは、やはり感傷で――

 運だけで死神の鎌にたくさんの戦友を持っていかれ、そして自身の生き死にさえ左右された子供時代の、仇討ちだったのかもしれない。

 次の瞬間、ビュウの口元に皮肉げな笑みが浮かんだ。
(博打でチビ死神の力を使う奴が、何を考えてるんだか)
 怪我した者の応急処置も終わり、仲間たちはもういつでも動ける態勢に入っている。その彼らに撤退の再開を告げて、ビュウは戦場を後にした。
 振り返る事も、あの兵士を思い返す事も、しなかった。

 

 


 暗いんだか暗くないんだか、まぁとりあえずシリアスな感じでプチデビを書いてみた。
 見切り発車で書いたので、ニョーニョー言ってる三匹はともかく、ワガハイの口調が分からなくて仕方ありません。諦めました。いいです、妄想で補うのが二次創作ですから!

 ところで、ワガハイの位置づけがいまいち判りません。
 説明書には、「プチデビル三銃士(ムニョ・マニョ・モニョ)と、そのお付きのワガハイ」とか書かれているのですが、攻略本のキャラクター紹介のワガハイの項には「下の三匹(マニョ、モニョ、ムニョ)を従えるリーダー格」とか書かれてあって、どちらに従えば良いのか判らず困ります。でも、プチデビ四匹の中で言葉を喋れるのがワガハイだけなので、簾屋の中ではワガハイの位置づけは後者です。

 そしてやっとこの場で名言、ビュウさんドラゴンとプチデビの言葉が解る設定。
 何故解るか? 一応理由はありますが、この場はまぁ、「ビュウさんだから」で済ませといてください。

 

 

 

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