―5―


 玉座の間で、グランベロス軍の中枢とも言える将兵たちが己の置かれた状況に青ざめる、ほんの数分前。


 大理石の床(の破片)と共に落下していたビュウは、一階の床に激突するその直前に、その破片から難なく飛び降りた。
 ストンッ、と両足で着地。怪我は一つもない。
「隊長!」
 横合いから呼ばれ、そちらを見る。予想通りの人物に、彼はニヤリと――サウザーに見せたよりもまだ健康的に――笑った。
「手はず通りやってくれたのか? 義兄さん」
「はっ――いや、ああ。言われた通り、二階を孤立させ、トゥルースたちをそこから脱出させた」
 と、最終防衛線から駆けつけたナルスは、すぐ側の大穴を指で指し示した。

 ――先程、玉座の間に通じる廊下に穴を開けた電撃は、この一階の大階段があるホールから放たれたのである。放ったのは、ナルスの乗騎アズライト。その直後、二階から落ちてきたトゥルースたちを受け止め、床に地下への穴を開けると、彼らをアズライトの背に乗せて退路へと向かわせたのだ。
 すぐ側の大階段も、似たような要領で崩れ落ちている。竜かロープでもなければ、下りられないほど。そしてそれは、玉座の間の奥にあった、屋上に通じる階段もそうだった。ビュウがナルスに事前に指示してやらせたものだった。
 理由はただ一つ。

 時間稼ぎ。

 サウザーが重傷を負えば負うほど、しかもそれが命に関わるものなら、臣下のパルパレオスたちは撤退せざるを得ない。そうすれば、皇帝負傷の報せによりグランベロス軍は浮き足立つし、少なくとも統制の取れた追討隊は、しばらく送られてこない。
 その僅かな時間に、逃げおおせれば良いだけの事。

 きっとパルパレオスたちは今頃、大慌てだろう。主君の恥ずべき過去が思いも寄らない形で暴露され、それに気を取られた瞬間、一生ものの傷をもたらされた。しかも、毒を塗ったナイフで。
 だが実は、最初から毒なんて塗っていない。
 もしかしたら、目の良い将兵たちは、サウザーの腕に吸い込まれた鈍く光る刀身を見て、ビュウの言葉をあっさり信じたかもしれない――が、それは、「毒を塗っている」ように見せかけるため、毒性も何もない、そこらに転がっていた膏薬を適当に塗っておいただけの代物である。

 しかし、「起たなかった」発言で逆上した彼らは、そこまで頭が回るだろうか?

 それを踏んでの、危険な賭けだった。

 その賭けは、ビュウの完全勝利である。
 全てが露見し、騙された衝撃から立ち直ってやっと追討隊を組織しても、もう遅いのだ。

「さて義兄さん、ここから離れよう。――サラは?」
「外に出て呼べばすぐに来る。私は打ち合わせ通り、残った隊員を率いて別ルートで撤退するが……君は、やはり」
「予定通りに、だ。仕方ねぇさ。渡世の仁義、って奴だからな」
 ナルスを伴い、ビュウは足早に床に開いた大穴から離れた。

 この穴は、カーナ王城地下に、そして王都の地下全体に張り巡らされた脱出路につながっている。
 おそらくは、まだカーナが日常的に戦乱に覆われていた時代に、王族が宮殿から逃げるために造られたものだろう――使うべき王族は今いないので、臣下のビュウたちが有効的に使わせてもらう事にした。
 その通路も、途中でアズライトや他に脱出する者たちについている戦竜が、電撃で崩す事になっている。追撃を防ぐために。

「まぁもっとも、一番厄介だと思ってたショーン将軍が勝手に殺されていてくれたから、多少は楽になったが……少なくとも、あと二人、だ」
「それについてだが……ボア祭司長はともかく、マコーニー老師は、宮廷魔道士団と一緒に脱出した事が確認されている。
 どうする? 我々と合流する事になるが……」
 聞かされ、ビュウは思わず舌打ちした。
「あの爺さん……変なトコで運がいいな」
「だが、それを言っても始まらないだろう」
「だな。……仕方ない。とりあえず、ボア祭司長を押さえる、か」
「……平気なのか?」
 気遣わしげな義兄の口調に、笑うビュウ。
「大丈夫さ。この状況じゃ、誰がやったか判りゃしない」
「そうではなくて……打ち合わせでは、君はその後、一人で脱出するのだろう? 平気なのか? 私たちのサポートがなくて」
「おいおい義兄さん、俺を誰だと思ってるんだよ」
 足を止めないまま、ビュウは不敵に笑ってた。
「俺は戦竜隊隊長で、『逃げのアソル』とまで呼ばれた、撤退のプロフェッショナルだぞ?」





§






 カーナ王城の敷地は、広い。
 そんな事を、宮殿のすぐ側にある、カーナの守護神竜バハムートを祀った大神殿から脱出した、グレイン=ボア祭司長は、ひどく苦々しく思った。白を基調とした裾の長いローブが鬱陶しい。
 彼は、大神殿の隠し通路から、一旦外に出て、専用の脱出通路で王城の外に出ようとしていた。今ちょうど、脱出通路に向かう道を歩いているところである。
「おのれっ……ベロスの、野蛮人がっ……。この、神聖なる、カーナ宮殿を、土足で踏みにじりおってっ……!」
 息も切れ切れに、毒づく。
 ボアと、その背後に付き従う神官たちは、国王の首が落とされた、という報せを受け取ってすぐ、脱出を決めた。それまではずっと、大神殿の奥の祭壇で、バハムートに加護を祈願していたのだが。
 王が、殺された。
 親愛なる主君が、崇敬する神竜の代弁者が、殺されてしまった。
 神竜への信仰を取りまとめ、ドラグナーの代理人としてバハムートに対する祭事を司る彼にとって、これほど嘆かわしい事はない。
 けれど……嘆いてばかりはいられなかった。
 幸い、大神殿にはまだ、ベロスの匪賊(ひぞく)どもは入り込んでいなかった。いや、大神殿の入り口付近には既に展開されていたのだが、守護神竜の威光に臆したか、奴らはそれ以上入ってこようとはしなかった。
 だとすれば、する事は一つだった。
 野蛮人の手に渡り、散逸するのを防ぐため、持ち出したのは様々な神殿・王室に関係する資料を全て持ち出したのだ。神事、祭礼、典礼の作法、手順に関係する指南書から、神竜バハムートに関する一切の資料、見解書、王家の家系図を初めとする王族についてのあらゆる書類。
 これらは、大神殿の重要な書物であると同時に、王家の、ひいては王国の最高機密でもある。古来より王家の書庫としての役割も務めてきた故のものだった。
 とにかく、これらは何が何でもベロスに渡してはならない。あんな連中に、この聖なるカーナの深奥に触れさせてたまるか……――
「ボア祭司長!」
 不意に声が掛かった。ビクリと身を震わせ、足を止める。そして、背後に控える、多くの書物を携える神官たちに、手振りで警戒を呼び掛ける。
 そして、向こうからやってきた人物に、ボアは警戒心を解いた。
「ボア祭司長! こちらにおられましたか!」
 どこかで燃える炎の頼りない光に照らされて、その姿が浮かび上がった。濃灰の軍服と、その上にまとった青いマント。陽光を凝縮したような黄金の髪、高く遥かな蒼穹を宿した双眸。
 それが、このカーナの誉れたる戦竜隊の若き隊長だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
「おお、アソル佐長か!」
「おそらくは脱出なさるだろうと、脱出路であるこちらに参りましたが……すれ違いにならずに良かった」
 駆け寄ってきたその顔は、確かに、あの少年のものだった。まだ少年と言える年齢であるのに、ひどく老獪な雰囲気を宿した、あの冷静沈着な戦竜隊隊長の。
 とにかく、彼が来たという事は、生き残ったカーナの騎士たちが、ボアたちを守るために動いている、という事に他ならない。
 だが……彼、一人?
「……アソル佐長よ、一人で参ったのか?」
 確か彼には、いつも金魚の糞みたいにくっついている、三人の若い戦竜隊の隊員がいたはずだ。彼がここにいるのに、その三人がいないのはおかしかった。彼らは、この戦竜隊隊長と共に分隊を組んでいたはず――
「もちろん一人ですよ」
「どういう事だ?」
 事もなげに言った彼に、ボアは思わず聞き返していた。後ろの神官たちが、不安げにコソコソと話し合うのが耳に入る。
 もしや、あの三人だけでなく、多くのカーナ騎士が戦死したのか? 守護神竜の加護を受けていたはずの、聖国を守る騎士たちが。
 そんなはずはない。この国は、このオレルスで最も力のある神に守られている。それを守る騎士たちが、崇高なる神も戴かない、何の神にも帰依しないベロスの賤民に殺されるなど、あって良いはずがない。
 ところが彼は、全く表情を変えないまま、ボアが予想もしていなかった事を言った。
「しょうがないでしょう。別に助けに来たわけじゃないし」
「何――」
 それはどういう意味だ、と問おうとしたその時。

 少年は、表情も顔色も、眉すら微動だにさせず、腰の双剣をスラリと抜いた――





§





「……これじゃ、もう人は斬れないな」
 最終防衛線での会戦から、この王城での戦闘に至るまでずっと使ってきた剣を見下ろし、ビュウは舌打ちして呟いた。
 黒く変色した血と、今新たに刀身を染め上げた鮮血と、脂、それにいくつもの刃こぼれ。次に敵と斬り結ぶ時は、斬れ味は考慮できない。
 その時は相手の剣を奪えばいいだけだな、と気楽に思い、剣を振って血を粗方落とすと、右の剣だけ鞘に納めて左は抜き身で持ったままにする。この二振りは、後でサラマンダーにでも喰わせようか。捨てるよりか余程合理的だ。
「さて」
 と、足元を見る。
 大神殿の裏手にある、やや蛇行する白い石の敷き詰められた小道は、そのまま木々の下にひっそりと立っている半ば朽ちた祠(ほこら)につながっていた。正確には、祠に擬した、王都のどこかにつながる脱出路に。
 さすがにここは目に付きにくく、また、サウザー辺りから神殿にはすぐに手を出すな、という指示を受けているのか、大神殿に侵入するのを足踏みしているグランベロスの部隊も、まだここの存在には気付いていなかった。
 けれどそれも時間の問題だから、とっとと離れなければ。適当に飛び回ってグランベロス兵を撹乱しているサラマンダーに申し訳が立たない。
 よし、と小さく口の中で呟くと、ビュウは屈み込み、今し方斬り捨てた祭司長と大神殿の高位神官七人が携えていた物を、あさりだした。

「……やっぱり持ち出したか」

 それは、大神殿と王家に関係する、様々な機密書類である。代々の大神官にのみ閲覧が許されてきた典礼指南書やら、バハムートに関する大神殿の公式見解の資料、王家の家系図など、徹底的に秘匿されてきたものばかりだ。
 不意に、いつもの読書欲がムクムクと頭をもたげる――が、そんなものに身を任せていると、敵に見つかってしまう。とっとと用事を済まさなければ。
 七人の神官が持っていた資料を一旦一まとめにすると、ビュウは手早くその表紙を目で撫で始めた。灯りが、遠くで燃える王宮の炎しかないというのが口惜しいが、文句も言っていられない。
 神事や祭礼、典礼に関するもの、神竜に関する書類……そんなものを探しているのではない。探しているのは……――

「あった。これだ」

 求めていたものを見つけ、ビュウは、我知らずそう呟いていた。
 それは、永遠に秘匿されるべき、王室の「裏」の歴史をまとめた通称『裏正史』と、十八年前の託宣に関する書類だった。
 グランベロスが大神殿に侵入し略奪する時、こんなものに目を留めるかどうかは知らない。だが露見して良いものでもない。
 その、雑な装丁の、書物と呼べるかどうかすら怪しい物と書類を片手に、しばし思案。
 そして、決定。
 ビュウは、持ち出された全ての資料の上にそれを置くと、左手に引っ下げていた抜き身の剣を、一つ振った。
「フレイムヒット」
 ボッ、と音を立て、大量の紙の山が勢いよく燃えていく。
 パチパチとはぜる炎を見つめながら、ふと胸に痛みを覚える。

 きっとこの中には、後の世の多くの学者が泣いて喜ぶような、そんな重大な史料もあったのかもしれない。

 だがしかし、これらは決して世に出てはいけない物なのだ。

 さて、とビュウは気持ちを切り替えた。まずは、サラマンダーをここに呼び寄せ、どうにかこうにかナルスたちと合流しなければならない。
 問題は、その「どうにかこうにか」なのだが――
「まぁ、いいか。どうにかなる」
 そう気楽に呟いて。
 ビュウは、サラマンダーを呼ぶべく、一つ指笛を高らかに吹いた。



 ナルスには「一人でどうにか脱出する」と言ったが、実はろくに当てがなかった。
 消耗したクロスナイト一人と戦竜一匹だ。それだけで、このグランベロスの包囲網をどうにか出来るとは、ビュウも思ってはいない。
 そういうわけで――

「いたぞっ! 戦竜隊隊長だ!」
「兵をこちらに回せ! 何としてでも討ち取れぇっ!」

 ナルスたちのために、今しばらく、陽動をする事にした。
 低空で王宮の敷地内を飛び回るサラマンダーと共に、グランベロス兵に散発的に攻撃を繰り出す。そうして、王宮を制圧している部隊を徹底的に掻き回す。
 こうしていれば、制圧部隊の目はビュウ一人に向けられ、逃げたナルスたちにはまだ向かないはず。
「フレイムヒット!」
 前に立ちふさがった分隊に技を繰り出すが――最早、肌を多少あぶる程度の、弱い炎しか放てない。
 したり顔で迫ってきた兵士たちを打ち倒しながら――もうろくに斬れないのだから、文字通り「打ち倒す」である――、ビュウは舌打ちする。
 体力も、気力も、限界に近い。
 息が上がって久しい。
『ヒット』がろくに打てなくなって、もう小一時間ほどになるか。
 傷も随分増えた。
 大分血を流した。
 薬なぞ、最初から持ってきていない。
 サラマンダーが、倒れた兵士たち一人一人に律儀に爪を突き立て絶命させるのを見つつ、ビュウの顔に、ふと自嘲気味の苦笑が浮かんだ。

 死ぬかもしれない。

 別れる時、ナルスにあんな事を言った。それぐらい出来ると、自分でも自負していた。
 けれど、上空にはトラファルガーが控え、王宮とその周囲には一個連隊から成る制圧部隊がいる中、サポートもなしに脱出するのは、難しい。
 けれど、
(……それでも、いいかもしれない)
 いやむしろ、その方が積極的に良いのかもしれない。
 ここで、このまま討ち取られる。
 グランベロスごときに討ち取られてしまったら、きっと、父も母も姉も、ナルスも、ラッシュたちも、皆悲しむだろう。何より己の矜持が許さない。
 それでも。
 それでもここで死んでしまえば、やっと全て終わるのだ。
(それで……もう、いいじゃ、ないか?)
 背後には、もう敵が迫ってきている……――

 そして凛とした声が割って入った。

「サンダーゲイル!」

 キュドォッ!

 背後に轟音と、遅れて衝撃。それに煽られたたらを踏みながら、ビュウはハッと振り返る。
 白の敷石に大穴が開き、周囲が黒く焦げている。
 そこに、やはり黒く焦げたグランベロス兵の死体とビュウを交互に見比べ、穴を挟んで向こう側にいるその仲間たちは、だんだんとその顔つきを恐ろしいものに出会ったかのような、怯えた表情に変えていっている。
 いや、違う。
 視線の先は、正確には、ビュウの更に後ろ。
「アイスマジック!」
 再び凛と響く、男――少年の、声。自分のものよりほんの少し高い声音に応じて生み出された氷塊は、こちらに迫りつつあった敵の一団を無造作に閉じ込めた。
 こんな事が出来る少年は、数多いビュウの知り合いでもただ一人しかいない。

「何をやってるんだ、ビュウ!」

 叱責が飛んできた。けれどどこ吹く風で、ビュウは声の方向――ほぼ左手側に、顔を向けた。
 すぐ側の建物が燃える炎で照らされたその姿は、深緑のローブをまとった、黒髪黒目で黒縁眼鏡を掛けた、ビュウと同い年ほどの少年のもの。

 当然、見知った顔だった。
 むしろ、忘れがたい、忘れてはならない顔だった。
 彼は幼馴染み。名は、サウル=ハヴァー。

「敵が近付いてるのに何もしないなんて――」
「お前こそ何しに来たんだ、サウル」
 怒鳴りたいのをこらえて、けれど怒気をはらませて、ビュウは抑えた声を駆け寄ってきた彼に投げ掛けた。
 最初は唖然として。
 次に安堵して。
 それらを通り過ぎてしまえば、最後に来るのは怒りだけだ。
「俺は確かに、お前に皆の逃走の手助けを頼んだ。だけど、ここに乗り込んでこい、と言った覚えはない」
「それはそうだよ。僕は、ナルスさんから君がまだ残ってる事を聞いて、慌てて来たんだから」
「そうじゃない!」
 平然と言った幼馴染みに、ついビュウの語気も荒くなる。
「そうじゃない――お前もエナ小母さんも、宮廷魔道士団からの助力の要請を蹴っただろう! 『魔法は戦争の道具じゃない』、そう言って! お前だって言ってただろう、戦争でも何でも、人殺しはしたくない、って!
 それなのに何だ! 何でここに来て、俺を助けて、敵でも人を殺してるんだ!?」
 言葉の途中から、どんどん声を荒らげていった。
 けれど対するサウルの顔は、至極落ち着いたものだった。その代わり、いつものどこかヘラッとした微笑はなく、ただ冷静な鋭い眼差しをビュウに向けている。
 そして、肩を上下させ始めたこちらを見たまま、
「僕は別に、信条を翻(ひるがえ)したわけじゃない。だけど――」
 と、そこで不意に言葉を切り、サウルはまたしても、口の中で短い詠唱をし、ビュウの背後、おそらくは迫ってきた敵兵に向けて、魔法を放つ。
「フレイムゲイズ!」
 空気が膨張し、炎へと変じ、耳をつんざく爆発音と肺を焼くほどの熱風をもたらした。反射的にビュウは息を止めた。
 その炎をまっすぐに見据えながら、サウルは小さく呟く。

「だけど……人殺しよりも、戦争よりも、僕には、君が死んでしまう事の方が嫌なんだ」

 炎の照り返しを受けたその顔は、沈痛な色を見せながらも、尚意志の固さを見せている。

 その時。
 ああ、とビュウは思った。
 やはり、まだ死ねない。
 こう言ってくれる人が、こうして来てくれる人がいる限り、まだ……死なない。

「……ありがとな、サウル」
「どういたしまして」
「じゃ、話もまとまったところで、俺たちもとっととウィントリー城に移るぞ。早くしないと、グランベロスの連中がお前を見ちまう」
「……前から言ってるけどさ、何の情緒もなくいきなり話の方向を変えるのやめようよ、君もさ」
「情緒たっぷりの話は、ウィントリーの皆に合流してからだ。まずは脱出。ほれ、詠唱しやがれ」
 とサウルの反論を封じると、頭上を旋回していたサラマンダーを指笛で呼び寄せた。するとサラマンダーは、ビュウとサウルを包み守るように、二人の背後に降り立った。
 そして、サウルの口から低く漏れる、ビュウにはいまいち理解できない古語とその不可思議なイントネーションの詠唱が、フツリとやむ。

「テレポトレース」

 二人と一匹は青白い光の球体に包まれ、そして徐々に縮まり、消える。

 彼らは、カーナ王都から遥か南の、カーナ王国南部、エシュロン伯領の中心、伯の居城であるウィントリー城に一瞬にして移動していた。

 

 

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